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大学院修士課程での研究生活について書いています

大学院講義のレポートについての所感

2018年6月16日

また間が開いてしまった。しかし特に特筆すべきことはなく、日々講義と研究をしている。 大学生活というのは誠に平和であり、会社と比べるとイベントは非常に少ない。非常に淡々としている。 毎日イベントがあったら学業どころではないので理にかなっていると言える。

しかし、身近なところではイベントと言うか頭を悩ませることは多い。 特にレポートで、正直苦労している。書けないということはないが、時間がかかる。そのために研究に割ける時間も減る。長時間稼働するので疲労が溜まる。ちょっと悪循環に入りつつある。

内容は理解できるが、問題はレポートの体裁で、どのように、どの程度書けば単位がもらえるものか皆目分からないものが多い。 同じ講義を取っている同じ研究室の学生にチラ見させてもらったりして何となく体裁は分かっているのだが、 果たしてどのぐらい詳しく書けば単位が取れるレポートになるのか分からない 。レポートは大体枚数が決まっているので書きすぎるのもよくない、しかし書かなすぎるのも良くない。 絶対的な評価基準はなく、先生事に基準は異なる。 全ては「先生のみぞ知る」らしい。勉強のためにレポートを書いているのであって先生のためにレポートを書いている訳ではないのだが、 大学として成績をつけなければならない以上、何らかの先生なりの基準を持って評価してもらうしかない。 学生と先生の間で推理合戦が行われるのである。

「これこれというコードを書け」というレポートなら大体どんなものでも無双する自信があるが、春学期に提出したレポートは 9割ぐらいが「ほげほげについて論ぜよ」という記述式のレポートである。具体的には、そのほとんどが「講義の内容を要約せよ」というものである。 コードは提出物としては一行も書いていない。 ナップザック問題をDPテーブルを書いて解け、という課題で検算のためにc++でDPを書いたぐらいである。

個人的にはこのレポートの形式ばかりなのは衝撃的だった。 CSの大学院ともなれば毎週のように実装課題が課せられるに違いないと思っていたが、どうもそういうのは 筑波大学では学部(学類)でのみ行われるらしい。 ちなみみに、他大学のCS系専攻を卒業した知り合いによれば、偏差値が高い大学に行くほど結構そんなもんらしい。 東大は最近python入門の講義とか始めたけどこれは珍しいらしい。

rui ueyamaさんのスタンフォード大学院に関するブログ記事を読んで、 大学院に入ったからにはあらゆる分野のブツを何でも実装しまくる気でいたのだが、 これは大学によって大きく異なるらしい。 なおスタンフォード大学院は今世では絶対行けないだろうなと思うぐらいの学費である。 グーグルも加入している企業向けの割引プログラムを使えれば1つか2つの講義履修ぐらいはワンチャンあるかも知れないが、グーグルに入ること自体がもう同じぐらい厳しいのではないかという気もする。